令和8年度診療報酬改定が決定!─改定の4つの基本方針と職種別重要ポイント【後編】
はじめに
前編では、令和8年度診療報酬改定の改定率(本体3.09%、ネット2.22%)とその内訳について解説しました。後編では、この改定を支える「4つの基本方針」をひもとき、医師・看護管理者・薬剤師・事務職など、職種別に見た重要ポイントをお伝えします。
改定の数字をただ受け入れるのではなく、「なぜこの改定が実施されるのか」という背景を理解することで、自施設の戦略的な対応が可能になります。
改定の4つの基本方針と全体像
令和8年度診療報酬改定の基本方針は、以下の4つの柱で構成されています。
【第1の柱】物価や賃金、人手不足等の医療機関を取りまく環境の変化への対応
この第1の柱は、今回の改定における「重点課題」と位置付けられています。つまり、改定の中でも最も重要な位置付けです。
医療現場は今、三重苦に直面しています。それが「物価高騰」「人件費上昇」「人手不足」です。これまでの改定では、物価対応と人件費対応が相対的に軽視されてきた傾向がありますが、令和8年度改定では本体3.09%のうち実に1.70%が賃上げ対応、1.29%が物価対応です。合計で改定幅の約99%が、この環境変化への対応に充てられます。
💰 医療機関を襲う三重苦
- 物価高騰:医療材料費、光熱水費、食材費の大幅な上昇
- 人件費上昇:最低賃金引上げ、他業界との賃金格差拡大
- 人手不足:看護職員の離職率上昇、新人獲得の困難さ
具体的には、以下のような対応が改定に組み込まれています。
初診料・再診料の引き上げ
外来患者を診察する際の基本的な診療報酬である初診料と再診料が引き上げられます。これは医療機関全体が恩恵を受ける改定で、診療所であれ、大型病院の外来であれ、患者一人につき定額で増収となる仕組みです。
入院基本料の引き上げ
入院患者の受け入れに対する基本的な報酬が引き上げられます。特に急性期病院やICUなど、人材配置が手厚い施設ほど、相対的な恩恵が大きくなる設計になっています。
物価対応料の新設
令和8年度改定で新しく導入されるのが「物価対応料」です。これまで、医療材料費や医薬品費などの物価上昇に対しては、診療報酬で十分に対応されてこなかったという課題がありました。新たに導入される物価対応料は、入院・外来・在宅を問わず、医療機関の物価上昇コストを直接的に補填する仕組みです。
ベースアップ評価料の拡大
令和6年度改定で導入されたベースアップ評価料を、さらに拡大します。これは診療報酬という形で、医療機関に職員の基本給引上げをインセンティブとして与える制度です。詳しくは第3回記事で解説予定ですが、この拡大により、より多くの職員がその恩恵を受けることになります。
【第2の柱】2040年頃を見据えた医療機関の機能の分化・連携
日本の医療は、今後の高齢化に対応するために、「分化」と「連携」が不可欠です。これは第1回でも触れた、2040年における85歳以上の人口62%増加という課題への対応です。
具体的には、以下のような方向性が示されています。
急性期医療と回復期医療の機能分化
これまで、多くの病院が「なんでも治す」という全能的な医療提供を目指してきました。しかし、そうした体制では人材を分散させ、結果として質の低下につながります。改定では、以下のような分化を促進します。
- 急性期病院:緊急度の高い患者、重症患者に特化
- 回復期病院:急性期を脱した患者のリハビリテーション
- 慢性期病院:慢性疾患の管理、緩和ケア
それぞれが専門性を高めることで、患者にとって最適な医療が提供される、という考え方です。
地域包括ケアシステムの強化
患者が病院から自宅、または施設に戻った後、継続的なケアを受けることは、特に高齢患者にとって重要です。改定では、以下の連携強化が促進されています。
🔗 地域包括ケアの連携イメージ
- 病院 ⟷ 診療所
- 病院 ⟷ 訪問看護
- 診療所 ⟷ 薬局
- 介護施設 ⟷ 医療機関
- ケアマネジャー ⟷ 医療職
例えば、患者が退院した際に、診療所とかかりつけ薬局が病院からの情報をリアルタイムで受け取り、スムーズな引継ぎが実現されるようなシステムです。
在宅医療の充実
2040年に向けて、在宅医療の需要は急速に増加します。改定では、在宅医療に携わる医師、訪問看護師への報酬も重点的に手厚くされています。具体的には、訪問診療料や訪問看護費用の引き上げが検討されており、在宅医療の担い手を確保することが急務となっています。
【第3の柱】質の高い医療の実現と医療DXの推進
いくら処遇改善をしても、働く環境が悪く、患者さんへの医療の質が低下しては意味がありません。改定の第3の柱は、医療の質向上と、デジタル技術の活用です。
医療DX推進加算の新設
電子カルテの導入、患者情報の電子化、医療機関間の情報共有システムの構築など、医療現場のデジタル化は避けて通れません。改定では、こうした取り組みを実施する医療機関に対して、加算を付与する仕組みが導入されます。
特に注目されるのが「電子的診療情報連携体制整備加算」です。複数の医療機関が患者の情報をシステムで共有できる体制を構築した施設に対して、診療報酬上の評価が与えられます。
業務効率化への支援
医療現場の人手不足は深刻ですが、単に人数を増やすだけでは対応できません。改定では、以下のような効率化を促進しています。
- AI技術の活用による診断支援
- ロボット技術を用いた検査・処置の自動化
- 医療事務の自動化・効率化
- 診療記録の音声入力化
これらの導入により、医療職員がより患者ケアに集中できる環境が実現されることが期待されています。
【第4の柱】制度の持続可能性の確保
医療保険財政は国家財政全体の中でも大きな比重を占めています。改定では、医療提供の質を損なわないというバランスを取りながら、制度全体の持続可能性を確保することが目指されています。
具体的には、薬価の適正化、医療材料価格の競争促進、効率的でない医療の見直しなどが含まれます。
職種別に見た改定の重要ポイント
改定の基本方針を理解したところで、ここからは職種別に「あなたの職場にどう影響するか」を解説します。
【医師の皆様へ】
報酬増加の期待と経営判断の責任
医師にとって改定の最大の課題は、「増えた報酬をいかに患者ケアと職員処遇に配分するか」という判断です。本体3.09%の改定で増収が見込まれますが、これがそのまま医師の個人報酬に反映されるわけではありません。
むしろ、施設長や経営責任者である医師は、以下の点に注意が必要です。
- 職員の賃上げに充てるべき報酬額の決定:改定で増えた分の多くが「職員処遇改善用」であることを理解する
- 医療DXへの投資判断:電子カルテ導入など、デジタル化への投資が経営の重要な課題に
- 機能分化への対応:自院の役割を明確にし、その機能に特化した体制構築
- 地域連携の推進:他の医療機関との協力体制構築への積極的関与
働き方改革への対応
2024年4月から医師の働き方改革が本格化しました。令和8年度改定では、医師の長時間労働を軽減するための仕組みも含まれています。これは医師にとって「負担軽減」ですが、同時に「他職種へのタスクシフト」が進むことを意味します。例えば、診療記録の作成を医事課スタッフが補助するなど、チーム医療の強化が求められます。
【看護管理者の皆様へ】
人員確保と待遇改善の両立
看護職員の不足は医療現場で最も深刻な課題です。令和8年度改定では、賃上げ対応が1.70%であり、これは看護職員の処遇改善に直結する改定です。
看護管理者にとっての重要な判断は、以下の通りです。
- ベースアップ評価料の活用:対象職員を適切に設定し、効果的に待遇改善を実施する
- 業務効率化への投資:増えた報酬を、電子カルテや看護業務支援システムなどの導入に充てる
- 教育体制の充実:待遇改善とともに、キャリアアップ支援を強化し、職員の定着率向上を図る
- 働き方改革への対応:時間外労働の削減目標を設定し、仕事と生活のバランス改善
特に注目すべきは、この改定がICUや急性期病棟での配置加算をさらに手厚くすることです。重症患者対応が報酬として評価されるため、こうした領域への人員配置が相対的に有利になります。
職種間の協働強化
医療DXが進み、診療記録作成などのタスクシフトが起きることで、看護職員の業務内容が変わります。医師や薬剤師、検査技師との連携がこれまで以上に重要になります。
【薬剤師の皆様へ】
外来医療での役割拡大
改定では、特に外来でのかかりつけ薬局機能の強化が謳われています。患者が複数の病院を受診した場合、薬剤師がそれらの処方箋を一元管理し、重複投与や相互作用をチェックするという役割の重要性が高まります。
具体的には、以下のような加算が新設・拡充されます。
- かかりつけ薬剤師指導料の拡大:患者が薬局に相談しやすい環境整備
- 薬剤情報提供料の充実:患者への情報提供の質が報酬として評価される
- 処方箋の電子化対応:医療DXに対応した薬局機能の強化
病院薬剤師の処遇改善
病院薬剤師も、改定による賃上げ対応1.70%の対象となります。特に、医療チームの一員として重要な役割を担う薬剤師の待遇が改善されることが期待されています。
【医事課・経営企画の皆様へ】
診療報酬請求業務の大幅な変更対応
改定では、新しい加算や報酬項目が多数導入されます。医事課スタッフは、新たな請求ルールを習得し、漏れなく請求を実行する責任があります。
特に以下の項目について、4月中(6月施行前)に十分な学習と準備が必要です。
- 物価対応料の計算と請求:新しい項目の請求ルール習得
- ベースアップ評価料の拡大への対応:対象職員の適切な設定と請求
- 電子的診療情報連携加算への対応:施設基準の確認と構築
- 病棟別・施設基準別の請求分岐:請求システムの更新
経営シミュレーションの実施
改定による増収と、それに伴う新たな投資判断が必要になります。医事課や経営企画部門では、以下の分析が重要です。
📊 経営企画部門が実施すべき分析
- 施設基準別の増収見込み額の計算
- 新たな加算取得に必要な投資額の算定
- 職員の賃上げシミュレーション
- 医療DX導入による費用対効果分析
- キャッシュフロー改善の見通し
施設基準変更への対応
改定では、多くの施設基準が改定・廃止・新設されます。医事課では、自施設が現在取得している施設基準の中で、継続可能なもの、変更が必要なもの、新規取得すべきものを整理する必要があります。
6月施行に向けた施設側の準備スケジュール
改定は6月1日に施行されます。それまでの約3ヶ月半で、以下のようなスケジュールで準備を進める必要があります。
【2月~3月上旬】情報収集と基本方針の理解
- 厚生労働省から公開される詳細資料の入手
- 職員全体への改定内容の周知
- 自施設への影響の初期分析
- 同業者や医師会との情報共有
【3月中旬~4月】具体的な準備と投資判断
- 請求システムベンダーとの協議・契約
- 施設基準変更の申請準備
- 職員の賃上げ実施計画の策定
- 医療DX導入の判断(電子カルテ、診療情報連携システムなど)
- 全職員向けの研修計画策定
【4月~5月】システム改修と職員教育
- 請求システムの改修・テスト
- 医事課スタッフの研修実施
- 臨床部門スタッフへの施設基準変更の周知
- 患者向けの説明資料作成
- 施設基準申請書類の最終確認・提出
【5月~6月初旬】最終確認と本番対応
- 請求システムの本番環境確認
- ドライラン(試験運用)の実施
- トラブル対応マニュアルの作成
- 初日の請求業務に備えた体制確認
よくある質問への回答
Q1:改定で増えた報酬は、本当に職員の待遇改善に使われるのか?
A:改定の構成上、1.70%が「賃上げ対応」として明示されていますが、それが各医療機関でどう使われるかは、施設長の判断に委ねられています。ただし、厚生労働省は改定の趣旨として「人材確保のための処遇改善」を掲げており、賃上げに充てられない場合、行政指導が入る可能性も考えられます。透明性のある説明が重要です。
Q2:診療所と病院で改定率が異なるのはなぜ?
A:物価対応分の内訳をご覧ください。病院は+0.49%、診療所は+0.10%です。これは、病院の方が物価変動の影響が大きいという判断による設定です。実際、入院患者の食費や光熱水費は診療所より大きな額になります。
Q3:6月施行の準備が間に合わない場合はどうなるのか?
A:請求システムの改修が間に合わない場合、厚生労働省は一定期間の猶予措置を設けることが多いです。ただし、手作業対応などで効率性が大きく低下するため、早期の準備が推奨されます。ベンダーへの相談を急ぎましょう。
Q4:新しい加算(物価対応料など)を取らない選択肢もあるのか?
A:原則として、新しい報酬項目の取得は任意です。ただし、機会損失を考えると、新設される加算の多くは取得メリットが大きいと考えられます。特に施設基準が厳しくない加算については、積極的な取得をお勧めします。
Q5:医療DX投資は必須なのか?
A:必須ではありませんが、改定では医療DXを推進する医療機関に加算が付与される仕組みになっており、競争上の不利が生じる可能性があります。また、電子カルテの導入は医療の質向上や業務効率化の観点からも重要です。中長期的には投資を検討すべき課題です。
次回予告
第2回の後編では、改定の4つの基本方針と職種別の重要ポイントを解説してきました。次回の第3回では、いよいよ「人件費・処遇改善の拡充」という、医療従事者にとって最も関心の高いテーマに切り込みます。
ベースアップ評価料の拡大、対象職員の範囲、具体的な待遇改善額の試算など、実務的で実利的な内容をお届けします。
📌 次回第3回の予告内容
- ベースアップ評価料の仕組みと拡大内容
- 対象職員範囲の変更点
- 施設別の待遇改善額シミュレーション
- 令和9年6月の段階的引上げへの対応
- 職場環境改善加算など、その他の処遇改善施策
医療現場で働く皆様にとって、「自分たちの待遇がどう変わるのか」は最大の関心事です。次回はその疑問に直接お答えします。
※この記事は2026年2月21日現在の情報に基づいています。診療報酬改定の詳細については、厚生労働省公式サイトをご参照ください。
※改定内容は今後、詳細通知が公開される過程で、微調整される可能性があります。定期的に最新情報をご確認ください。

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