職員の待遇がどう変わる?─ベースアップ評価料の拡充と具体的な金額シミュレーション【第3回】
はじめに
医療現場で働く皆様が最も関心を寄せるのは、「自分たちの給与がいくら上がるのか」という直接的な質問です。第1回・第2回では改定の全体像と基本方針を解説しました。第3回では、いよいよその疑問にお答えします。
令和8年度改定で最も注目すべきは、改定率3.09%のうち1.70%が「賃上げ対応」に充てられることです。この1.70%は、具体的には「ベースアップ評価料」という仕組みを通じて、医療機関に配分されます。本記事では、ベースアップ評価料の拡充内容を詳しく解説し、「あなたの施設ではいくら増える可能性があるのか」を具体的に計算してみます。
ベースアップ評価料とは何か
診療報酬における賃上げの仕組み
診療報酬は「公定価格」です。つまり、医療機関が個別に「うちは人件費が上がったから料金を上げる」と決めることはできません。その代わり、厚生労働省は診療報酬の改定という形で、医療機関全体の「報酬」を調整します。
ベースアップ評価料とは、令和6年度(2024年度)の改定で新設された、**医療機関が職員の基本給を引き上げた場合に、その実績に応じて診療報酬として支払われる加算**です。つまり、「職員の給料を上げた医療機関には、その分の診療報酬を支払いますよ」というインセンティブ制度です。
💡 ベースアップ評価料の基本的な考え方
- 医療機関が職員に対して一定以上の賃金改善を実施したことを届け出る
- その届け出内容に応じて、診療報酬に加算を付与する
- つまり、「職員の給料を上げることで、その分が診療報酬として返ってくる」仕組み
令和6年度改定では、このベースアップ評価料が初めて導入されました。令和8年度改定では、このベースアップ評価料が大幅に拡充されます。その拡充内容が、今回の改定における最大の関心事なのです。
令和8年度改定での最大の変更:対象職員の拡大
これまで(令和6年度)との違い
令和6年度改定では、ベースアップ評価料の対象職員は「主として医療に従事する職員(医師及び歯科医師を除く)」に限定されていました。これは、具体的には以下のような職種でした。
📋 令和6年度のベースアップ評価料対象職員
- 看護師・准看護師
- 看護補助者
- 薬剤師
- 理学療法士・作業療法士
- 検査技師・放射線技師
- 栄養士
- その他医療職
ご覧のように、医療に直接携わる職種に限定されていました。医事課などの事務職員は、この対象に含まれていなかったのです。
令和8年度改定での拡大内容
令和8年度改定では、この対象範囲が大きく拡大されます。新しい定義は「保険医療機関に勤務する職員」です。つまり、ほぼ全ての職員が対象になるということです。
✅ 令和8年度のベースアップ評価料対象職員(新規拡大分)
- 40歳未満の勤務医師(これまでは対象外)
- 事務職員全般(医事課、経理、人事など)
- 薬局の勤務薬剤師
- 上述の医療職員全員
なぜこのような拡大が行われたのか
令和6年度改定では、事務職員に対しては初診料・再診料の引き上げという形で「間接的に」待遇改善の原資を配分していました。しかし、その原資が本当に事務職員の給料引き上げに使われているかどうかについて、厳密な確認がありませんでした。
令和8年度改定では、医療機関に対して「どの職員に、いくらの賃上げを実施したか」を具体的に届け出させることで、**実効性を確保しよう**という意図があります。言い換えれば、「賃上げの実績報告義務」が強化されるということです。
これは医療機関にとって、より細かい事務が増えることを意味する一方、職員側にとっては「賃上げが確実に実行される」という保証が強化されることを意味します。
ベースアップ評価料の大幅な点数引き上げ
【外来・在宅ベースアップ評価料(I)】の新点数
外来医療や在宅医療に携わる医療機関向けの評価料が、以下のように大幅に引き上げられます。
| 区分 | 現行(R6) | R8.6~R9.5 | R9.6以降 | 引上率 |
| 初診時 | 6点 | 17点 | 34点 | 約5.7倍 |
| 再診時等 | 2点 | 4点 | 8点 | 4倍 |
| 訪問診療時 (同一建物外) |
28点 | 79点 | 158点 | 約5.6倍 |
| 訪問診療時 (その他) |
7点 | 19点 | 38点 | 約5.4倍 |
ご覧のように、初診時は6点から34点への引き上げで、約5.7倍の大幅な引き上げです。診療報酬は「1点=10円」で計算されるため、初診時では1患者あたり60円から340円への引き上げになります。
【入院ベースアップ評価料】の大幅な拡大
入院医療に携わる病院向けの評価料は、さらに劇的な拡大が実施されます。
| 段階設定 | 現行(R6) | R8.6~R9.5 | R9.6以降 |
| 段階数 | 1~165段階 | 1~250段階 | 1~500段階 |
| 最大点数/日 | 165点 | 250点 | 500点 |
| 金額(1日) | 1,650円 | 2,500円 | 5,000円 |
最大点数が165点から500点へ、つまり約3倍に拡大されます。これは、より大幅な賃上げを実施する医療機関を、より手厚く評価するという政策意図を示しています。
「継続的賃上げ医療機関」への優遇措置
令和6年度から継続して賃上げしている医療機関への加算
今回の改定で新設される重要な仕組みが、「令和6年度・7年度から継続して賃上げを実施している医療機関への加算」です。
つまり、以下の3区分に医療機関が分類されるということです。
🏥 医療機関の3つの区分
- A:令和6年度から継続的に賃上げを実施している医療機関
→ より高い点数が支給される(優遇) - B:令和8年度から新規に賃上げを開始する医療機関
→ 標準的な点数が支給される - C:賃上げを実施していない医療機関
→ 入院基本料に減算が適用される(ペナルティ)
具体的な点数の違い:外来診療の例
外来・在宅ベースアップ評価料(I)について、令和8年度6月~令和9年度5月の期間での点数を見てみます。
| 初診時の点数 (R8.6~R9.5) |
継続的賃上げ実施 医療機関(A) |
新規賃上げ 医療機関(B) |
差(A-B) |
| 初診時 | 23点 | 17点 | +6点 |
令和6年度から継続的に賃上げしてきた医療機関は、新規に開始する医療機関よりも初診時で6点(60円)高い評価を受けることになります。
100人の初診患者がいる場合、1日当たり600円の差が出ます。月間20日診療だとすると、月間で12,000円の差になるわけです。
ペナルティ:賃上げ未実施医療機関への減算規定
新設される減算規定の意味
令和8年度改定では、初めて「賃上げを実施していない医療機関への減算規定」が導入されます。これは、政策的な強いメッセージを含んでいます。つまり、「賃上げを実施することは、医療機関にとって選択肢ではなく、必須である」ということです。
⚠️ 重要な変化
- これまで:賃上げを実施する医療機関に加算を付与(インセンティブ方式)
- 今後:賃上げを実施しない医療機関から減算を実施(ペナルティ方式)
具体的な減算額の例
以下の表は、主要な入院基本料に対する減算点数です。
| 入院基本料の種類 | 1日あたり減算 | 月間(20日) |
| 急性期病院A、急性期一般1 | 121点 | 2,420点 (24,200円) |
| 急性期一般2~6 | 85点 | 1,700点 (17,000円) |
| 地域一般 | 65点 | 1,300点 (13,000円) |
| 回復期リハビリ病棟 | 76点 | 1,520点 (15,200円) |
これは深刻な影響を与えます。例えば、60床の急性期一般1病棟を保有する病院で、賃上げを実施していない場合を考えてみましょう。
💰 具体的な減損額計算(急性期一般1病棟・60床の場合)
- 1日あたり減算:121点 × 60床 = 7,260点
- 月間減損(20日稼働):7,260点 × 20日 = 145,200点
- 月間減損額:145,200点 × 10円 = 1,452,000円
- 年間減損額:1,452,000円 × 12ヶ月 = 約1,740万円
60床の急性期病棟を持つ病院が賃上げを実施しないと、年間約1,740万円の減収となるわけです。これは、職員の平均給与が100万円だとしても、17人分の給与に相当します。つまり、「賃上げしない方が損になる」という経済的インセンティブが働く仕組みになっているのです。
具体的な待遇改善のシミュレーション
200床急性期病院の場合
それでは、実際に200床の急性期病院を想定して、令和8年度改定による待遇改善の規模を試算してみましょう。
前提条件
- 急性期一般1・2の混合構成(平均稼働率85%)
- 職員数:医師30名、看護師150名、薬剤師20名、検査・放射線技師30名、事務職30名(計260名)
- 全職員に対して均等に賃上げを実施
- 令和6年度から継続的に賃上げを実施している医療機関
ベースアップ評価料による増収
入院ベースアップ評価料で最大段階(令和8年6月~9年5月時点では250点)を取得した場合:
📊 入院ベースアップ評価料による月間増収
- 入院ベースアップ評価料:250点/日
- 計算方法:250点 × 200床 × 0.85(稼働率) × 20日(月間稼働日数)
- = 250点 × 3,400患者日
- = 850,000点
- 月間増収:850,000点 × 10円 = 850万円
- 年間増収:850万円 × 12ヶ月 = 1億200万円
さらに外来・在宅ベースアップ評価料も取得している場合、これに加えて月間数百万円の追加増収が見込めます。
実際の賃上げ額への計算
上述の年間1億200万円の増収は、診療報酬として病院に支払われる金額です。これを職員の賃上げにどう配分するかは医療機関の判断ですが、仮に全額を職員の基本給引き上げに充てるとした場合、以下のようになります。
💰 職員一人当たりの年間増収額
- 年間増収:1億200万円
- 職員数:260名
- 一人当たり年間増額:1億200万円 ÷ 260名 = 約392,000円
- 一人当たり月間増額:約32,700円
つまり、この200床病院では、全職員が平均で年間約39万円、月間約3万3千円の給与増を期待できるということになります。
100床回復期リハビリ病院の場合
次に、回復期リハビリ病棟を主軸とする100床病院の場合を見てみましょう。
前提条件
- 回復期リハビリ病棟100床(平均稼働率90%)
- 職員数:医師10名、看護師60名、リハビリ職40名、事務職20名(計130名)
- 継続的賃上げ実施医療機関
ベースアップ評価料による増収
📊 回復期リハビリ病院の月間増収
- 回復期リハビリ病棟1の入院ベースアップ評価料:250点/日(最大段階)
- 計算方法:250点 × 100床 × 0.90(稼働率) × 20日
- = 250点 × 1,800患者日
- = 450,000点
- 月間増収:450,000点 × 10円 = 450万円
- 年間増収:450万円 × 12ヶ月 = 5,400万円
職員一人当たりの年間増収額
💰 回復期リハビリ病院の賃上げ規模
- 年間増収:5,400万円
- 職員数:130名
- 一人当たり年間増額:5,400万円 ÷ 130名 = 約415,000円
- 一人当たり月間増額:約35,000円
50人規模診療所の場合
最後に、小規模診療所での試算です。
前提条件
- 初診患者数:20人/日、再診患者数:100人/日
- 訪問診療:週2回(月8回)
- 職員数:医師1名、看護師3名、事務職2名(計6名)
- 継続的賃上げ実施医療機関
外来・在宅ベースアップ評価料による増収
📊 診療所の月間増収
- 初診:23点 × 20人 × 20日 = 9,200点
- 再診:6点 × 100人 × 20日 = 12,000点
- 訪問診療(同一建物外):107点 × 8回 = 856点
- 月間合計:22,056点 × 10円 = 220,560円
- 年間増収:220,560円 × 12ヶ月 = 約265万円
職員一人当たりの年間増収額
💰 診療所の賃上げ規模
- 年間増収:265万円
- 職員数:6名
- 一人当たり年間増額:265万円 ÷ 6名 = 約442,000円
- 一人当たり月間増額:約37,000円
診療所であっても、職員一人当たり月間3万7千円程度の給与増が見込めるわけです。これは月給30万円の職員にとって、約12%の給与増に相当します。
令和9年6月の「段階的引き上げ」と注意点
2段階の引き上げスケジュール
前編で触れたように、改定率が段階的に変わるのと同様に、ベースアップ評価料の点数も段階的に引き上げられます。
| 期間 | 入院ベースアップ評価料 | 最大段階 |
| R8.6~R9.5 | 1~250点の段階評価 | 250点/日 |
| R9.6以降 | 1~500点の段階評価 | 500点/日 |
令和9年6月(2027年6月)以降、最大点数がさらに250点から500点へと倍増されます。これにより、より大幅な賃上げを実施する医療機関が、さらに大きな診療報酬を得ることになります。
経営計画への影響:計画的な対応が重要
この段階的引き上げは、医療機関の経営計画に大きな影響を与えます。特に注意が必要な点は以下の通りです。
⚠️ 医療機関経営者が注意すべき点
- 賃上げの段階的実施:令和8年6月から一気に大幅賃上げすると、令和9年6月にさらに追加で賃上げが必要になる場合がある
- キャッシュフロー管理:診療報酬は遅れて支払われるため、賃上げ実施から資金回収までのタイムラグを計算する必要がある
- 他医療機関との競争:より大幅な賃上げを実施する医療機関が出現すれば、人材確保競争が激化する可能性がある
- 職員への説明:「段階的引き上げ予定」を職員に事前に説明することで、満足度を高める
職種別に見た待遇改善のポイント
【看護職員の皆様へ】
看護職員は、改定における最大の恩恵を受ける職種の一つです。理由は、医療機関全体の経営に占める看護職員のウエイトが大きく、さらに人手不足が深刻だからです。
注目すべき点は、「看護補助者」も正式にベースアップ評価料の対象職員となったことです。これにより、正看護師だけでなく、准看護師や看護補助者の賃上げも実施される可能性が高まります。
【事務職員の皆様へ】
これまで事務職員は、改定による待遇改善が相対的に後回しにされていました。しかし令和8年度改定では、事務職員が正式にベースアップ評価料の対象に組み入れられました。これは、「医療機関の持続性には、事務職の効率化が不可欠」という政策認識の表れです。
医事課などの事務職員の賃上げが実現されれば、医療機関全体の満足度向上につながる可能性があります。
【40歳未満の勤務医師の皆様へ】
これまで医師は、ベースアップ評価料の対象外でした。医師の給与決定は、多くの場合、医師個人の勤務形態や交渉に基づいていたためです。しかし令和8年度改定では、40歳未満の勤務医師が対象に加わりました。
これにより、若手医師の確保が相対的に有利になる可能性があります。
【薬局薬剤師の皆様へ】
薬局の勤務薬剤師も、今回初めてベースアップ評価料の対象に組み込まれました。かかりつけ薬局機能の強化が進む中で、薬局薬剤師の処遇改善も、改定の重要な要素となっています。
医療機関が今からすべき準備
【4月~5月】施設基準の確認と賃金改善計画の策定
- 自施設の現在の入院基本料・外来診療料を確認
- ベースアップ評価料の最大段階をいくつ取得するか検討
- 職員全体の賃金改善計画を立案(令和6年度から継続の有無を確認)
- 職員への事前説明資料を作成
【5月~6月初旬】届け出準備と職員説明
- 厚生労働省が公開する「ベースアップ評価料算定ツール」を使用して、実際の増収額を計算
- 全職員向けの説明会を実施し、具体的な賃上げ額を提示
- 就業規則や給与規程の改定準備
- ベースアップ評価料の届け出申請書の作成
【6月以降】実装と継続的な改善
- 給与計算システムへの反映
- 賃上げ実績の把握と報告書作成準備
- 職員の離職率や満足度の変化をモニタリング
よくある質問への回答
Q1:ベースアップ評価料を取得しなかった場合、入院基本料はどうなるのか?
A:令和6年度・7年度に賃上げを実施していない医療機関は、入院基本料から一定点数の減算が適用されます。前述の通り、急性期一般1では121点/日の減算(1日あたり1,210円)が行われます。結果として、賃上げを実施しない方が経済的に大きく損をする構造になっています。
Q2:賃上げの実績をどのように報告するのか?
A:令和8年度改定では、ベースアップ評価料の届け出手続きが簡素化されます。基本的には、申請書・中間報告書・報告書の3書類で対応することが見込まれています。詳細は、厚生労働省から4月以降に公開される事務連絡で明示される予定です。
Q3:ベースアップ評価料の計算は複雑ではないか?
A:厚生労働省は「ベースアップ評価料算定ツール」を無料で提供しており、このツールに必要な数値を入力するだけで、自施設の増収額を簡単に計算できます。難しい計算は不要です。
Q4:令和9年6月の点数引き上げに合わせて、さらに賃上げが必要になるのか?
A:令和9年6月に点数が引き上げられても、それを全て職員の追加賃上げに充てるかどうかは医療機関の判断です。ただし、競争上の不利が生じる可能性があるため、他院の動向を注視しながら対応を検討すべきです。
Q5:ベースアップ評価料として取得した診療報酬を、設備投資に充てることは可能か?
A:原則として、ベースアップ評価料は「職員の基本給引き上げ」に充てることが条件です。設備投資に充てた場合、実績報告時に問題になる可能性があります。透明性を持った説明が重要です。
次回予告
第3回では、医療従事者にとって最も関心の高い「職員の待遇改善」について、具体的な金額シミュレーションを交えて解説してきました。
次回の第4回では、改定の4つ目の重要テーマである「急性期病院の機能強化と人手不足への対応」に焦点を当てます。特に以下のポイントをお伝えする予定です。
📌 次回第4回の予告内容
- 急性期病棟の入院基本料引き上げの詳細(500点超の大幅引き上げ)
- 身体的拘束最小化と労働環境改善加算
- 看護・多職種協働加算などの新しい評価体系
- 感染対策向上加算など、質的評価の強化
- 看護職員確保のための施設基準の緩和
急性期病院で働く皆様にとって、特に重要な改定内容を詳しく解説します。
※この記事は2026年2月22日現在の情報に基づいています。診療報酬改定の詳細については、厚生労働省公式サイトをご参照ください。
※各医療機関の具体的な増収額は、病床数、稼働率、患者構成など、多くの要因に左右されます。本記事のシミュレーションはあくまで目安です。正確な計算は、厚生労働省提供の「ベースアップ評価料算定ツール」をご利用ください。
※ベースアップ評価料の届け出や実績報告に関しては、各都道府県の保険局や医療機関に対する事務連絡で詳細が示されます。随時、最新情報をご確認ください。

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